朝日社説−捏造にかけては世界一の新聞社を忘れないでもらいたい

韓国ES疑惑 「対岸の火事」ではない

病気や事故で壊れた組織を、自分の細胞で作り直す、夢のような治療が実現するかもしれない。そんな期待を人々に抱かせ、世界の注目を一身に集めてきた黄禹錫(ファンウソク)・ソウル大学教授の論文データは捏造(ねつぞう)だった。

ソウル大学の調査チームが発表した中間報告に、韓国は大きな衝撃を受けている。黄教授はこの分野で世界の最先端を走る国民的英雄とされてきたからだ。

影響はそれにとどまらず、科学研究そのものへの信頼も揺るがしかねない。なぜこんな事態が起きたのか。さらに解明を進めなければならない。

黄教授は5月、胚(はい)性幹(ES)細胞11株をつくったと米科学誌サイエンスに発表した。心臓や筋肉など、何にでもなれる可能性を秘め、万能細胞とも呼ばれているものだ。


患者自身の細胞を使えば、拒絶反応の起きない臓器移植も夢ではない。再生医療という新しい治療法につながるとして各国が競っている研究分野だ。

黄教授の論文は、世界で初めて実際に患者の細胞を使い、しかもES細胞が非常に効率よくできたことを示す結果だったため、高い評価を受けた。

ところが、ソウル大の調査によると、9株分は他の2株のデータをもとにでっち上げたものだった。その2株についても、いわれる通りのES細胞かどうかは調査中という。その結果がどうであれ、この論文が信頼に足りず、科学史上に汚点を残したことは間違いない。


倫理面での問題も指摘されていた。ES細胞は卵子を壊してつくるため、日本も含めその研究を厳しく規制している国が多い。ところが、黄教授は研究チームの女性から卵子の提供を受けたほか、金銭のやりとりもあった。

黄教授は昨年初めには今回の研究の先駆けとなる論文で、今年に入っても犬のクローンづくりで「世界初」を連発。こうした業績から、韓国政府は「最高科学者第1号」に選び、破格の研究費を与えていた。皮肉なことに、こうした成果は今やすべて再調査の対象だ。

黄教授はなぜ捏造に走ったのか。共同研究者の主張との間に食い違いもあり、分からない部分は多い。政府から巨費を与えられ、国民から期待を寄せられたプレッシャーを指摘する声もある。


捏造問題は韓国だけの話ではない。それも政府の研究費が多くつぎ込まれているバイオの分野で目立つ。論文の取り下げが続き、日本の研究への信用が落ちたとさえいわれる。

いうまでもないが、科学は信頼の上に成り立つ。黄教授の問題を他山の石に、日本の科学界も、研究に不正を潜り込ませない方策を真剣に考える時期だ。

政府は今後5年間、科学技術の研究開発に25兆円を投ずる方針を掲げた。財政が悪化するなかでも、未来への投資として例外的に認められた。この資金を正しく効率的に使うのは、科学者が国民に負う義務である。


対岸の火事」ではない

論理を破綻させてまで読者を釣る心意気やよし。